先日観劇した舞踊エンタメ、中国の代表的ダンサーであるヤン・リーピンが主演であり、芸術監督、構成も手掛けた『シャングリラ』。
雲南省の少数民族に伝わる伝統舞踊で構成されているのだが、まさにダイナミック!そして純粋。 プロローグから観客の心を鷲掴み。 パフォーマーが現地の歌と踊りの名手たちだというから納得である。
大概、ジャンル問わず素晴らしいダンサーやアスリートといった“表現者”の舞台を観ると、その技術や“表現力”を賞賛する(さらに私はそこに辿りつくまでの努力などを勝手に想像して感嘆する)。 けれど、シャングリラの踊り手・歌い手たちからはそういった“造り上げたもの”を感じない。 それは彼らの生活や信仰にもともと根付いている魂の舞踊だからである。 神と対話するため、雨乞いのために力の続く限り太鼓を打ち、愛を語るために舞い、思春期の男女が恋人を見つけるために歌い踊る、激しく心体を揺さぶられるような“生命力”。 人間が本来持っている逞しさが舞台全体からビビビッと伝わってくる。
民族のひとつイ族の舞台でこんな風な表現が・・・「人として生まれたのに踊らないなら生まれた意味がない。口があるなら歌わないと意味がない。」 人はこんなシンプルなことで幸せになれるんだ、と思い起こさせられる言葉。
エピローグはヤン・リーピンを一躍有名にした「孔雀の精霊」。 今では本国でも滅多に観ることができないという彼女の踊りは、骨格を感じない柔らかさとカクカクッとした繊細な角度を保ち、本当の孔雀のよう。 唯一無二のダンサーであることが分かる程、美しい舞いであった。(「月光」というテーマで影が映った時は布を使っているのかと思うほど、手先から腕までの表現がスゴイ!そしてバランスキープ!)
残念ながら、日本の文化にも見られるように中国少数民族も生活の近代化に伴い培ってきた文化の多くが失われているという。 その現況を危惧したリーピンが私財を投じ長い月日をかけて歌舞を調査・収集し、共同制作者とエンターテイメント性を加えつつ創り上げたのがこの「シャングリラ」なのだ。
この芸術を観ることができて良かった。 是非また日本再上陸を願わずにはいられない。
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